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『内津草』関連文書

『定茶名文』 『菫塚記』 『更幽亭記』 『示俳席掟』 『与脇息文』 『茶記』

☆『定茶名文』テキスト解説・現代語訳・注釈

 茶をあらたに製して名をいかゞ定めむと我にかたらふに、取あへず雑の一句を筆に任せて、
  茶の下をあふぐかた手は枕かな
されば手まくらともいはゞや。
   明和六年五月十日      也有
        三止江

☆『菫塚記』テキスト 解説・現代語訳・注釈

 幽耕亭の主、蕉翁の道をしたふ余り、山は山路の薄むらさきのゆかりもあればと、遺吟の一句を石面に彫り、菫塚と名付けて万世にとゞめむととす。厚情誠に夢の跡なきには似ず。むべなりや是うつゝのサトなり。
  其魂もまねかばこゝにすみれ塚

☆『更幽亭記』テキスト解説・現代語訳・注釈

 から衣うつゝの山里に代々薬を鬻ぐ家あり。所は少陵が尋ねし張氏が隠栖に似て、貧富はおなじからず。夜金銀の気は只此家より立のぼりて、上清童子常にはたらけば物の不自由なる山中ならず。今のあるじ風雅にふけりて客を愛する中に、実に山間の閑寂を求る時は、襖に風塵を隔て、名におふ手まくらの茶を煮て一室に幽趣を楽めば、もとより深山簷に近くして、伐木の丁々たる耳更に清かるべし。此亭に号を呼ぶに更幽の二字を以てす。我は老と病にほだされて神飛べども訪ふ事あたはず。訪ふ人あらば此名の虚ならざるを知るべし。    蘿隠

☆『示俳席掟』テキスト解説・現代語訳・注釈

 一汁一菜香の物、なら茶は、勿論一汁にも及ばず。酒は二献に限りて、肴一種は有ても無くても、是我に俳席の定なるよしと思はゞ、これにならふべし。茶は殊に手枕の名産あれば、幽耕亭の饗は何なくとも足りぬべし。
  右求に依て書きて贈る。

☆『与脇息文』テキスト解説・現代語訳・注釈

 机には狭し、脇息には長過たり。是は我庵の長物といはむ。用る事もなく側に捨置たるを、世に葉たる物はなかりけり、三止なるおのこ是を得させよといふ。もとよりおしまづきのおしまずして譲り与ふ。小庵の棚を狭め煤払の厄介なりしを、我は内津山の鬼にに瘤取られたる心地ぞする。其事を書て添よといふ。筆に任せてかくのごとし。

☆『茶記』テキスト解説・現代語訳・注釈

 現山の更幽居に製する茶のいみじく美なるにめでゝ、嘗て手枕といへる名を定て贈りしが、其里の酔月堂に製するも同じ茶なるがゆへに、同じ名を譲あたへしとぞ。されども幽居は只其家に愛し、月堂は他に鬻ぐ。其あつかふ事のたがへるが故に、若は贋物かの疑あらむ。其うたがひを解べき一言をとあるじ又予に求む。そもや芦と浜荻は物ひとつなれ共名は二つにて迷ふ人もあらむ。柏と萱は物二つなれ共、呼ぶ事同じくてまがふ時も有ぬべし。同じ里に同じ物の同じ名ならんには、何かは人の疑あらむと辞すれ共あながちに請ふ。すべき方なくて一句を贈る。
  茶は同じ香を手まくらの右左

昭和58年3月30日 名古屋市教育委員会発行『名古屋叢書三篇 第十七巻・第十八巻 横井也有全集 中』より

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