<原文>
世上[1]困窮につき、今般鳥獣并虫のともがら[2]へ一統[3]の簡略[4]申付候。其外行作[5]悪敷品相改申渡候。左の條々急度[6]相守べき事。
一 蝉すずし[7]の羽織[8]を着候事、過分[9]の至候。向後[10]は横麻[11]一羽ぬきに仕替[12]申べき事。
一 松虫鈴虫のともがら[2]、籠のうちにて砂糖水を好み、奢のさた[13]に候。向後[10]は野山の通、露ばかりにて精出[14]なき申べき事。
一 蟻塔を組[15]候事、自身の功を以建立いたし候儀はくるしからず候。寄進[16]奉加[17] 等頼候儀は一切いたすまじく候。且又熊野へまゐり[18]候に、大勢連にて無益の事候。已後[19]は二三人づつひま次第に参り申べき事。
一 蛍夜中火を燈し飛行[20]の事、町々家込[21]の所は火のもと気遣敷候得ば、遠慮いたすべく候。池川田地等の水辺はくるしからず候事。
一 蜘蛛御領地の内においてみだりに網をはり、諸虫を捕る事不届の至候。以後は其場所相應の運上[22]さし上申すべき事。
但蝿ぼり蜘は運上[22]に不及事。
一 蜜蜂の小便高直[23]に候よし、諸方の痛になりよろしからず候。向後[10]は世間一統[24]に只米六升ほどの積を以相はらひ申べき事。 一 蟷螂[25]己が短慮[26]の我慢にまかせ、斧を以て諸虫を殺害いたし不届千万[27]に候。向後[10]はむね打をも一切いたすまじき事。
一 金魚のともがら[2]近年ことに花美[28]に相なり候。向後[10]金銀の飾一せついたすまじく候。
但赤塗に砂箔[29]等まではくるしからず候。
一 蛤、春暖[30]のころ己が快晴[31]にほこり楼閣[32]を建候事甚奢[33]のさたに相きこえ候。向後[10]は右躰の普請一切無用候。もし居宅の柱損候とも根つぎ[34]いたし用ひ申べき事。
一 蝙蝠[35]、昼は橋下にかくれ居、夜々人里村里へ徘徊[36]いたし候こと其意を得ず候。鳥獣のあらためこれあるせつは何方へも申ぬけ、役儀等相つとめず候よし不届の至候。向後[10]は立会の支配をうけ両役屹度[37]つとめ申べき事。
一 音喚鳥[38]、猥に五色の錦繍[39]を着いたし候亭甚奢に候。向後[10]は何色にても一色に相改、勿論縫箔[40]等一切いたすまじき事。
一 白鳥・白雀[41]等此間は相見え候。先年は頭ばかり白きさへ稀なることに候ところ、近年猥に相なりよろしからず候。以後曾て異相[42]の躰いたすまじき事。
一 鼠、嫁入の躰ことごとしく相聞え候。廿日鼠[43]に五升樽[44]もたせ候事過分の至候。振舞[45]の上、天井にて躍など催さはがしく候。人々妨に相ならず候様明き二階縁の下等にても、盆の中躍候ことくるしからず候。
一 猩々[46]、つねに大酒を好み、乱舞[47]の楽奢のことに候。潯陽[48]の江辺[49]にて持出しぶるまひ向後[10]一切無用たるべく候。拠なき義にて会合これあり候とも一種一献にかぎるべく候。尤酒は其模寄[50]のうけ酒屋[51]にて小買いたし申べき事。
一 狸、ふぐり[52]を四畳半にのばし、茶を立人を迷はし、諸道具に金銀を費せしむることよろしからず候。右の業相止申すべく候。自分の楽としてはら鼓[53]打候事はくるしからず候。
一 馬の太鼓の義、往還[54]問屋[55]前を憚らず不礼の至候。畢竟[56]これも栄耀[57]のことに候得ば以後は相止申べく候。
但、厩[58]にては苦しからず候得ども、火の見[59]時の太鼓[60]にさし合申さゞる様相つゝしみ申べき事。
一 青鬼・赤鬼のともがら[2]虎の皮の褌[61]いたすまじく候。当時病犬の皮沢山に候得ば早速仕替申すべく候。
但、右は家持[62]頭分[63]の鬼の事候。借家住召使の鬼どもは古き桐油合羽[64]の切れを腰に巻用ひ申べき事。 右の条々かたく相守申べく候。忽に心得違これあるやからこれあるにおいては、急度[6]咎[65]申付べく候。品により蟻の町代組頭まで、越度[66]たるべく候。
宝暦九卯七月
昭和58年3月30日 名古屋市教育委員会発行『名古屋叢書三篇 第十七巻・第十八巻 横井也有全集 中』より
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