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横井也有の俳文選
141「鳥獣魚虫の掟」

☆鳥獣魚虫の掟(ちょうじゅうぎょちゅうのおきて)

 横井也有著『後鶉衣』に掲載されている俳文で、宝暦9年(1759年)7月、也有58歳の作と考えられています。この俳文は、動物たちに贅沢を禁ずる掟を公布したというパロディで、幕府による一般庶民への禁制を皮肉ったものとも考えられます。也有の鳥・獣・肴・虫についての考え方を感じられる作品です。

☆鳥獣魚虫の掟(ちょうじゅうぎょちゅうのおきて) (全文) 

<原文>

 世上[1]困窮につき、今般鳥獣并虫のともがら[2]へ一統[3]の簡略[4]申付候。其外行作[5]悪敷品相改申渡候。左の條々急度[6]相守べき事。
一 蝉すずし[7]の羽織[8]を着候事、過分[9]の至候。向後[10]は横麻[11]一羽ぬきに仕替[12]申べき事。
一 松虫鈴虫のともがら[2]、籠のうちにて砂糖水を好み、奢のさた[13]に候。向後[10]は野山の通、露ばかりにて精出[14]なき申べき事。
一 蟻塔を組[15]候事、自身の功を以建立いたし候儀はくるしからず候。寄進[16]奉加[17] 等頼候儀は一切いたすまじく候。且又熊野へまゐり[18]候に、大勢連にて無益の事候。已後[19]は二三人づつひま次第に参り申べき事。
一 蛍夜中火を燈し飛行[20]の事、町々家込[21]の所は火のもと気遣敷候得ば、遠慮いたすべく候。池川田地等の水辺はくるしからず候事。
一 蜘蛛御領地の内においてみだりに網をはり、諸虫を捕る事不届の至候。以後は其場所相應の運上[22]さし上申すべき事。
  但蝿ぼり蜘は運上[22]に不及事。
一 蜜蜂の小便高直[23]に候よし、諸方の痛になりよろしからず候。向後[10]は世間一統[24]に只米六升ほどの積を以相はらひ申べき事。 一 蟷螂[25]己が短慮[26]の我慢にまかせ、斧を以て諸虫を殺害いたし不届千万[27]に候。向後[10]はむね打をも一切いたすまじき事。
一 金魚のともがら[2]近年ことに花美[28]に相なり候。向後[10]金銀の飾一せついたすまじく候。
  但赤塗に砂箔[29]等まではくるしからず候。
一 蛤、春暖[30]のころ己が快晴[31]にほこり楼閣[32]を建候事甚奢[33]のさたに相きこえ候。向後[10]は右躰の普請一切無用候。もし居宅の柱損候とも根つぎ[34]いたし用ひ申べき事。
一 蝙蝠[35]、昼は橋下にかくれ居、夜々人里村里へ徘徊[36]いたし候こと其意を得ず候。鳥獣のあらためこれあるせつは何方へも申ぬけ、役儀等相つとめず候よし不届の至候。向後[10]は立会の支配をうけ両役屹度[37]つとめ申べき事。
一 音喚鳥[38]、猥に五色の錦繍[39]を着いたし候亭甚奢に候。向後[10]は何色にても一色に相改、勿論縫箔[40]等一切いたすまじき事。
一 白鳥・白雀[41]等此間は相見え候。先年は頭ばかり白きさへ稀なることに候ところ、近年猥に相なりよろしからず候。以後曾て異相[42]の躰いたすまじき事。
一 鼠、嫁入の躰ことごとしく相聞え候。廿日鼠[43]に五升樽[44]もたせ候事過分の至候。振舞[45]の上、天井にて躍など催さはがしく候。人々妨に相ならず候様明き二階縁の下等にても、盆の中躍候ことくるしからず候。
一 猩々[46]、つねに大酒を好み、乱舞[47]の楽奢のことに候。潯陽[48]の江辺[49]にて持出しぶるまひ向後[10]一切無用たるべく候。拠なき義にて会合これあり候とも一種一献にかぎるべく候。尤酒は其模寄[50]のうけ酒屋[51]にて小買いたし申べき事。
一 狸、ふぐり[52]を四畳半にのばし、茶を立人を迷はし、諸道具に金銀を費せしむることよろしからず候。右の業相止申すべく候。自分の楽としてはら鼓[53]打候事はくるしからず候。
一 馬の太鼓の義、往還[54]問屋[55]前を憚らず不礼の至候。畢竟[56]これも栄耀[57]のことに候得ば以後は相止申べく候。
   但、厩[58]にては苦しからず候得ども、火の見[59]時の太鼓[60]にさし合申さゞる様相つゝしみ申べき事。
一 青鬼・赤鬼のともがら[2]虎の皮の褌[61]いたすまじく候。当時病犬の皮沢山に候得ば早速仕替申すべく候。
   但、右は家持[62]頭分[63]の鬼の事候。借家住召使の鬼どもは古き桐油合羽[64]の切れを腰に巻用ひ申べき事。 右の条々かたく相守申べく候。忽に心得違これあるやからこれあるにおいては、急度[6][65]申付べく候。品により蟻の町代組頭まで、越度[66]たるべく候。
   宝暦九卯七月

昭和58年3月30日 名古屋市教育委員会発行『名古屋叢書三篇 第十七巻・第十八巻 横井也有全集 中』より

(現代語訳)  鳥獣魚虫の掟

 世間が今困窮しているので、この度は、鳥獣ならびに虫の仲間へ、まとまって倹約するように申し付ける。その他、行儀作法が悪くてみすぼらしい事は改めるよう申し付ける。左の一つ一つの条項は必ず守らねばならぬ事である。
一、蝉は、絹織物の羽織を着ていることは、分際をわきまえないことが甚だしい。今後は、緯(よこいと)に麻、経(たていと)に絹を用いた織物一羽ぬきに仕立て直す事とする。
一、松虫や鈴虫の仲間は、籠の中で砂糖水を好んでいるのは、ぜいたくな行為である。今後は、野山にいた時と同様に、露ばかり吸って一生懸命に努力して鳴く事とする。
一、蟻は、塔を作り上げる事は、自身の働きで建てることは差支えない。しかし、他からの寄付や助力などを頼むことは一切いたしてはならない。かつまた熊野詣をするために、大勢つれだすのは無益な事である。以後は、二三人づつひまがあつた時に参詣すべき事とする。
一、蛍は、一晩中火をともしてあちこちと飛び歩くことは、町々で、家が建て込んでいる所は、火の元が不用心なので、遠慮するのが良い。池・川・田地などの水辺は差支ない事とする。
一、蜘蛛は御領地の内において、むやみに綱をを張り、色々な虫を捕る事は不都合の極まることである。以後は、その場所相応の税金を差し出すべき事とする。
  ただし、蝿を取る蜘は、税金を納めるには及ばない事とする。
一、ミツバチの小便を高直で売ることは、諸方の苦痛になるのでよろしくない。今後は世間中において、米六升ほどの計算でもって、売り払うべき事とする。
一、カマキリは、自分が短気で我意を張ることに任せて、斧をもって色々な虫を殺害することは、極めて不届きなことである。今後は、むね打をも一切してはならない事とする。
一、金魚の仲間は、近年特に華美になっている。今後は、金銀の飾りは一切してはならないこと。   ただし、赤塗りに箔の粉末を施すなどまでは差支ないこと。
一、ハマグリは、春の暖気の頃、自分が気持よく晴れ渡る気分に得意になり、高層の建物を建てることは、甚だしく奢った行為にみこえる。今後は、右のような普請は一切無用のこととする。もし、居宅の柱が損傷しても、他の材料で継ぎ足して用いるべき事とする。
一、コウモリは、昼は橋の下に隠れていて、夜ごとに人里や村里をうろつくことは、その真意がわからない。鳥獣の検査がある時は、どちらにも言い訳をし、任務などをしっかり勤めないそうだが、不届きなことである。今後は、立会の指図を受け、必ず両方(鳥と獣)の任務を務めるべき事とする。
一、インコは、みだりに五色の美しい織物を着用していることは、甚だしいおごりである。今後は、何色であっても一色に改め、もちろん刺繍と摺箔を併用等は、一切してはならない事とする。 一、白鳥・白雀などは、この間は見えていた。先年は頭だけが白いのさえ稀であったところ、近年は、むやみ勝手にしているのはよろしくない。以後は、決して普通とは異なった姿をしないようにする事とする。
一、鼠、嫁入の様子が仰々しいと聞えてくる。ハツカネズミに5升(5.4L)入る樽を持たせる事は出過ぎたことである。饗応の上、天井において踊りなど催しては騒がしくもある。人々の妨げにならないように、空いている二階の縁の下などでも、お盆の最中に踊るのは、差し支えないこととする。
一、猩々は、常に大酒を好み、入り乱れて踊りまわるのは贅沢なことである。潯陽の川辺において持出し振舞などは、今後は一切してはならないことである。やむを得ない事態での会合があるといって、一種類の料理と酒は盃一杯に限るのがよい。もっとも、酒はその最寄りのうけ酒屋において、小買するべき事とする。
一、タヌキは、陰嚢を四畳半に延ばし、茶を立てて、人を惑わし、諸道具に金銀を費すことは、良くないことである。右のような仕業は、やめるべきである。自分の楽しみとして、腹鼓を打つ事は、特に差支えはない。
一、馬の太鼓を打ことは、街道、問屋場の前をはばからずに無礼な極みである。つまるところ、これも気まま勝手なことであるので、以後は、やめるべきこと。  
  ただし、馬小屋においては、差支えはないが、火の見櫓の太鼓に差しさわりのないように、慎むべき事とする。
一、青鬼・赤鬼の同類のものは、虎の皮のふんどしをしてはならない。今時は、病犬の皮が沢山に有るので、早速に履き替えるようにするべきである。  
  ただし、右のことは、家屋敷を所持して居住する者とか支配的な地位にある鬼の事である。借家住まいや召使の鬼どもは、古き桐油紙製の雨合羽の切れを腰に巻いて用いるべき事とする。
右の箇条はかたく守らなければならない。ゆるがせにし、心得違がある連中がいる場合には、きっと罪を申しつけるであろう。種別によっては、蟻の町代や組頭までの落ち度となるであろう。
   宝暦九年(1759年)七月

【注釈】

[1]世上:せじょう=世の中。世間。
[2]ともがら=同類の人々をさしていう語。仲間。
[3]一統:いっとう=一つにまとまった全体。一同。総体。
[4]簡略:かんりゃく=手短で簡単なこと。手軽で簡単なこと。また、そのさま。
[5]行作:ぎょうさ=行儀作法。ふるまい。おこない。
[6]急度:ぎっと=確かに。必ず。
[7]すずし=生糸で織った練られていない絹織物。
[8]羽織:はおり=和装で、長着の上に着る丈の短い衣服。襟を外側に折り、胸元で羽織ひもを結ぶ。
[9]過分:かぶん=態度や振る舞いが、分際をわきまえないこと。また、そのさま。身分不相応。
[10]向後:こうご=これからのち。今後。
[11]横麻:よこあさ=緯(よこいと)に麻、経(たていと)に絹を用いた織物。
[12]仕替:しかえ=やりなおすこと。とりかえること。
[13]奢のさた:しゃのさた=ぜいたくな行為。おごった行為。
[14]精出:せいだ=いっしょうけんめいに努力する。骨身を惜しまないで努める。はげむ。
[15]組:くむ=材料・部分を順序に従って合わせたり結んだりして、まとまりのある全体を作り上げる。
[16]寄進:きしん=社寺に土地や財物を寄付すること。
[17]奉加:ほうが=金品を与えること。また、その金品。寄付。
[18]熊野へまゐり:くまのへまいり= 熊野三社にお参りすること。また、その人。熊野参詣。
[19]已後:いご=以後。これから先。今からのち。今後。
[20]飛行:ひぎょう=空中を飛んで行くこと。飛び去ること。また、あちこちと飛び歩くこと。
[21]家込:いえごみ=家が多く、建てこんでいること。また、その場所。
[22]運上:うんじょう=江戸時代の雑税の一つ。
[23]高直:こうじき=値段が高いこと。また、そのさま。高価。
[24]世間一統:せけんいっとう=世間中。世間いたるところ。満天下。
[25]蟷螂:とうろう=かまきりのこと。
[26]短慮:たんりょ=気の短いこと。また、そのさま。短気。せっかち。
[27]不届千万:ふとどきせんばん=きわめてふとどきなこと。また、そのさま。
[28]花美:かび=華美。色彩がはなやかで美しいこと。また、性質や生活などがぜいたくなさま。派手(はで)。
[29]砂箔:すなはく=箔(はく)の粉末。
[30]春暖:しゅんだん=春の暖気。春のあたたかさ。
[31]快晴:かいせい=空が気持よく晴れ渡ること。また、すっかり晴れ渡った天気。
[32]楼閣:ろうかく=高層の建物。たかどの。楼館。
[33]奢:しゃ=度を過ぎたぜいたくをすること。物事を過度に立派にすること。おごり。
[34]根つぎ:ねつぎ=柱や土台などの根元の腐った部分を取り除いて、他の材料で継ぎ足すこと。
[35]蝙蝠:へんぷく=こうもりのこと。
[36]徘徊:はいかい=行ったり来たりすること。どこともなく歩きまわること。うろつくこと。
[37]屹度:きっと=確かに。必ず。
[38]音喚鳥:おんかんちょう=インコ。
[39]錦繍:きんしゅう=錦(にしき)と、刺繍(ししゅう)をした織物。美しい織物。
[40]縫箔:ぬいはく=刺繍と摺箔を併用して布地に模様を表すこと。また、そのもの。
[41]白雀:しろすずめ=スズメのアルビノを指す語。突然変異の個体である上に外敵に襲われやすく、珍鳥とされる。
[42]異相:いそう=普通の人とは異なった人相または姿。
[43]廿日鼠:はつかねずみ=ネズミ科の哺乳類、体長6〜10センチ、尾も同じくらい長く、人家や農耕地にすみ、穀物を主食とする。
[44]五升樽:ごしょうだる=5升(5.4L)入る樽。
[45]振舞:ふるまい=もてなし。馳走。饗応。招宴。
[46]猩々:しょうじょう=想像上の動物。オランウータンに似るが、顔と足は人に似て髪は赤く長く垂れ、よく酒を飲むという。
[47]乱舞:らんぶ=入り乱れて踊りまわること。酒宴の席などで、楽器にあわせて歌い踊ること。
[48]潯陽:じんよう=中国の唐代、現代の江西省北部・揚子江岸の九江に置かれた郡および県名。
[49]江辺:こうへん=大川のほとり。大川の近く。中国では特に揚子江沿岸。また、入江のほとり。川辺。
[50]模寄:もより=すぐ近くのあたり。付近。
[51]うけ酒屋:うけざかや=他の店で造った酒を仕入れて売った店。小売り専門の酒屋。造り酒屋に対していった。
[52]ふぐり=陰嚢。いんのう。多くの哺乳類の雄の陰茎基部に下垂する袋。
[53]はら鼓:はらづつみ=腹鼓。腹を鼓がわりにして打ち鳴らすこと。
[54]往還:おうかん=人などが行き来するための道。主要な道路。街道。
[55]問屋:といや=近世宿駅の宿役人の長。問屋場で年寄の補佐のもと,帳付・馬指(うまさし)などを指揮して宿駅業務を遂行する。名主などの地方役人・町役人を兼務することが多い。
[56]畢竟:ひっきょう=つまるところ。ついには。つまり。結局。
[57]栄耀:えいよう=栄華に乗じて増長すること。ぜいたくなこと。また、気まま勝手なさま。
[58]厩:うまや=馬を飼っておく小屋。馬小屋。
[59]火の見:ひのみ=火の見櫓のこと。火事を発見したり、その位置を見定めたりするために高く設けた櫓。
[60]時の太鼓:ときのたいこ=時刻を知らせるために打つ太鼓。
[61]褌:ふんどし=男子の陰部をおおう布。下帯(したおび)。まわし。
[62]家持:いえもち=家屋敷をみずから所持して居住する者。
[63]頭分:かしらぶん=仲間の中で、支配的な地位にあるもの。親分。首領。
[64]桐油合羽:とうゆがっぱ=桐油紙製の雨合羽。人足などが用いたもの。
[65]咎:とが=罰されるべき行為。罪。
[66]越度:おつど=法に反すること。また、過失。あやまち。手落ち。落度。

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