本文へスキップ

ナビゲーション

横井也有の俳文選
109「星夕譜」

☆星夕譜(ゆうつづふ)

 横井也有著『後鶉衣』に掲載されている俳文で、宝暦4年(1754年)頃、也有が数え年53歳で隠遁した時の作と考えられています。この俳文は、陰暦七月七日の夜(七夕)の牽牛・織女の二星が1年に1度だけ相会するという伝説をベースにして、西瓜(スイカ)への思いと対比させながら、ユーモラスに語っています。

☆星夕譜(ゆうつづふ) (全文) 

<原文>

 こよひは星の逢ふ夜[1]なりとて、小娘どもの暮待ちかねて、帯・帷子[2]も常ならず[3]さうぞきつれて[4]、硯洗ひ、梶の葉[5]求め、笹に短冊し竿に糸懸くるなど、此節供[6]こそ殊にをかしきを、いかで清少納言[7]は、あやめ[8]にしかずとは定めけむ。人間のささやきは、天の聞くこと雷の如しとか、星のむつごと[9]は二階の耳へも洩らさず、天上下界[10]のたがひめ[11]こそ殊にねたましけれ。
 今年はまだき[12]秋の名の、みな月[13]のなかばに立ちそめて[14]、今日くれ行く月も影さやかに[15]、端居[16]の袖もすずしきに、一人の客西瓜[17]によりそひて、我はた星にむかひて何の願ひかあらん。あはれ此西瓜[17]の赤くてあれかし[18]と思ふ社、さしあたりての願ひなれと。かたへ[19]の翁うち笑ひて、思へばかの楽天[20]が、海底の魚も、天上の鳥も、高くとも射つべく、深くとも釣るべし、ただあひむかひて咫尺[21]の間もはかりがたしといひしは、ただ此西瓜[17]のことにこそありけれ。されど織女[22]にいのらむは、門たがへ[23]にもやあらんとて、

  赤かれと西瓜[17]いのらむ龍田姫[24]

と思ひがけぬ山姫[25]をおどろかして、星の手向け[26]はなくてぞやみにける。

昭和58年3月30日 名古屋市教育委員会発行『名古屋叢書三篇 第十七巻・第十八巻 横井也有全集 中』より

(現代語訳)  星夕譜

 今晩は陰暦七月七日の夜(七夕)なので、小さな娘達も日が暮れるのを待ちかねて、帯や帷子もいつもと違って着飾ると共に、硯を洗い、梶の葉を探してきて、笹に短冊をかけ、竿に糸をひっかけるなど、この七夕の節句のみ特に興味深いのに、どうして清少納言は、菖蒲の節句(端午の節句)に及ばないとしたのだろうか、いやそうではなかろう。人間のささやきは、天の聞くところでは雷の如しと言う、牽牛・織女の二星の睦言は二階にいても聞き洩らさないと、天上でも人間界でも思いどおりにいかない事態こそ特にねたましいことだ。
 今年は早いことに秋の気配が、水無月(6月)の半ばに起こり始めて、今日暮れていく月も光がくっきりと澄んで明るく見えて、家の端近くに座っていても袖が涼しく、一人の客はスイカに寄り添って、「私はしっかりと星に向かって何の願いが有ろうか、いやありはしない。ああ、このスイカが赤くあってほしいと思うことが、世の中のさしあたっての願いだ。」と言う。片方の老人がふと笑って、考えてみるとあの白楽天(白居易)が、「海底の魚も、天上の鳥も、高いところにいても射つことが出来、深いところにいても釣ることが出来、ただ向かい合う相手だけは、すぐ近くにいても推測できない。」と言ったのは、ただこのスイカのことであるかもしれない。しかし、織姫が祈るのは、見当違いではないかと思って、

  「赤くあってくれ西瓜(スイカ)よ」と祈ろう、(名高い織女ではなく、秋を司るので染めるのが上手とされる)龍田姫に。

と思いがけず山の女神を驚かして、七夕の星々への祭りではないままで終わりになった。

【注釈】

[1]星の逢ふ夜:ほしのあうよ=陰暦七月七日の夜(七夕)のこと。牽牛・織女の二星が一年に一度だけ相会するという伝説。
[2]帷子:かたびら=生絹や麻布で仕立てた、夏に着るひとえの着物。
[3]常ならず:つねならず=普通ではない。 いつもと違っている。
[4]さうぞきつれて=着飾ると共に。
[5]梶の葉:かじのは=カジノキの葉。古く、七夕祭のとき、七枚の梶の葉に詩歌などを書いて供え、芸能の向上や恋の思いが遂げられることなどを祈る風習があった。
[6]節供:せっく=節句とも。特定の日に神に食物を供する意から、特定の日そのものをさすようになった。江戸時代に正月7日の人日(じんじつ)、3月3日の上巳(じょうし)、5月5日の端午、7月7日の七夕(たなばた)、9月9日の重陽(ちょうよう)を五節供と定めた。
[7]清少納言:せいしょうなごん=平安時代中期の歌人、随筆家で、『枕草子』の作者。
[8]あやめ=五月の異称。ここでは、菖蒲の節句(端午の節句)の意味。
[9]むつごと=仲よく語り合う会話。特に、男女の寝室での語らい。
[10]下界:げかい=欲界のこと。また、特に人間界をいう。
[11]たがひめ=思いどおりにいかない事態。行き違い。食い違い。
[12]まだき=ある時点に十分達していない時。早い時期。
[13]みな月:みなづき=陰暦6月の異称で、水無月のこと。
[14]立ちそめて:たちそめて=起こり始めて。初めて起こって。
[15]影さやかに:かげさやかに=光がくっきりと澄んで明るく見えて。
[16]端居:はしい=家の端近くにすわっていること。特に、夏、暑さを避け、風通しのいい縁先や縁台などにいること。
[17]西瓜:すいか=ウリ科の一年生つる植物。園芸植物、薬用植物。
[18]あれかし=ぜひともそうあってほしいと望む心を表す。
[19]かたへ=相対するものの一方。片方。
[20]楽天:らくてん= 白楽天のこと。中国,唐の代表的文学者白居易。
[21]咫尺:しせき=尺度の短いこと。距離の近いこと。
[22]織女:しょくじょ=機(はた)を織る女。織婦。はたおりめ。
[23]門たがへ:かどたがい=めざす方向や相手、また、物事の判断をまちがえること。見当違い。おかどちがい。
[24]龍田姫:たつたひめ=「延喜式」にみえる女神。秋を司る女神。
[25]山姫:やまひめ=山を守り、治める女神。
[26]星の手向け:ほしのたむけ=陰暦7月7日に、牽牛・織女をまつること。また、その供え物。

      ガウスの歴史を巡るブログ

このページの先頭へ
トップページ INDEXへ 
姉妹編「旅のホームページ」へ

*ご意見、ご要望のある方は右記までメールを下さい。よろしくね! gauss@js3.so-net.ne.jp