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横井也有の俳文選
31「蔵人伝」

☆蔵人伝(くらうどがでん)

 横井也有著正編『鶉衣』に掲載されている俳文で、也有30歳代中頃の作と考えられています。内容は、昔、ある蔵人が狂歌「よの中にねたほどらくはなき物をしらであほうが起てはたらく」に対して「はたらかで起て居る身の気楽さよ寝てもあほうは物思ふ世に」と返歌したことに対し、それを聞いた左近衛府の長官が感服して「ものぐさの蔵人」という名を与え、人々から「怠け者の蔵人」と呼ばれるようになったという話を取り上げたものでした。

☆蔵人伝(くらうどがでん) (全文) 

<原文>

 天に信天翁[1]あり、地にはあすならふ[2]といふ木あれば、人にも此おのこありて、かの世[3]にむかしよりいひわたれる、「よの中にねたほどらくはなき物をしらであほう[3]が起てはたらく」とよめる歌の、これが返しとはなくて、「はたらかで起て居る身の気楽さよ寝てもあほう[4]は物思ふ世に」とよめりけるを、何がし[5]の左大将[6]は大きに此歌におどろきて、ものぐさ[7]の蔵人[8]と召されけるより、世にはなまかは[9]の蔵人[8]ともよぶ事になんありける。されば此歌の心はその蔵人[8]ならでしりがたし。たゞ蔵人[8]もしらずしてやよみけむ。

     寝てや楽起てや安き雪の竹

昭和58年3月30日 名古屋市教育委員会発行『名古屋叢書三篇 第十七巻・第十八巻 横井也有全集 中』より

(現代語訳)  蔵人伝

 天空にアホウドリがいて、地上には翌檜という木があれば、人にもこの男がいて、来世では昔より言われている、「世の中では寝ているほど楽であることを知らないのか、愚か者が起て働くのだ。」と詠まれた歌の、これが返歌となして、「働かないで起て居る身の気楽さよ、寝ていても愚か者は世の中の事をいろいろと考えているのだ。」と詠んだのを、誰だったか左近衛府の長官が大いにこの歌に驚いて、「ものぐさの蔵人」と呼び出されたことにより、世間では、「怠け者の蔵人」とも呼ばれる事になってしまった。それ故に、この歌の心はその蔵人でなければ知ることが出来ない。ただ、蔵人も知らない内に詠まれたものだろうが....。

 寝ていても楽だが、起来ていてこそ安易に、雪にしなる竹であることよ。

【注釈】

[1]信天翁:あほうどり= アホウドリ科の鳥。全長90cmくらいで、翼を広げると2mを超える。海上の風を利用して羽ばたかずに飛ぶ。特別天然記念物。国際保護鳥。
[2]あすならふ:あすなろう=ヒノキ科の常緑高木。日本特産。山地に生え、高さ10〜30m。名は、俗に「明日は檜ひのきになろう」の意とい言われる。
[3]かの世:かのよ=あの世。来世(らいせ)。死後の世界。
[4]あほう=知能が劣っているさま。また、そのような人、行動。おろか。たわけ。ばか。あほ。
[5]何がし:なにがし=人や所の名、また事物の名称などを知らない時に、その名の代わりとして用いる。
[6]左大将:さたいしょう=令外の官。左近衛府(さこんえふ)の長官のこと。左近衛大将。左将軍。
[7]ものぐさ=物事をするのにめんどうがること。不精なこと。また、その性質やその人、あるいは、そのさま。
[8]蔵人:くらうど=蔵人所の職員。もと皇室の文書や道具類を管理する役であったが、蔵人所が設置されて以後は、朝廷の機密文書の保管や詔勅の伝達、宮中の行事・事務のすべてに関係するようになった。
[9]なまかは=怠け。ぶしょう。物ぐさ。

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