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横井也有の俳文選
219「秋の日序」

☆秋の日序(あきのひのじょ)

 横井也有著『鏡裏梅』に掲載されている俳文で、明和5年(1768年)冬の作と考えられています。この俳文は、1772年(安永元)に元尾張藩士の俳人加藤暁台(暮雨巷)が編集・刊行した俳諧集「秋の日」に関わる経緯が記されていました。貞享5年(1688年)7月21日に、松尾芭蕉が名古屋の竹葉軒長虹を訪ねた際の七吟歌仙が、暁台門下の笹屋騏六の家に伝わっていたのを巻頭にして、暁台一門による四歌仙を加えて、「冬の日」五歌仙につぐ「尾張続五歌仙」(見返し題)として刊行したものです。也有は、尾張の蕉門俳諧の面目躍如となったと讃えたものでした。

☆秋の日序(あきのひのじょ) (全文) 

<原文>

 蕉翁[1]生前の七部集[2]とて、世にあがむるが中に、「冬の日[3]」の集は「尾はり五歌仙」ともいふなりけり。しかるに、暮雨巷[4]の門人騏六[5]なる者の家につたへとゞむる一巻の歌仙[6]あり。これは往昔[7]竹葉軒[8]のあるじの、翁を招きて其日になれるものにして、其坐の荷兮[9]が筆したるまゝに遺せる也。いづれの集に出でたりとも見えず。されば暮雨巷[4]暁台子[10]是ををしみ是を尊みて、社中[11]をかたらひて四巻の歌仙[6]をつらね、再び「尾張五歌仙」を継がむとす。稿[12]なりて閲するに、誰かは狗の尾をもつて貂を続ぎたり[13]といふべき。祖翁の魂、もしかへりきたるとも、青眼[14]にして賞し給はむ。今人なしといふべからず、実に本州の面起すともいふべし。浄写[15]に臨みて予に一語をそへよと請はる。嗟乎[16]是また蕉門の盛事[17]也、何ぞ口を噤まん[18]やと。年は明和[19]の五めぐり龍証方に集まる比もあひに逢ふ冬の日の、短き筆[20]さしぬらして[21]、聊[22]責をふさぐ[23]ことしかり。  

昭和58年3月30日 名古屋市教育委員会発行『名古屋叢書三篇 第十七巻・第十八巻 横井也有全集 中』より

(現代語訳)  秋の日序

 芭蕉翁の生前の七部集の一つとして、世間に評価されている、「冬の日」の句集は「尾張五歌仙」とも呼ばれている。ところで、加藤暁台の門人笹屋騏六という者の家に伝えられてきた一巻の歌仙がある。これは昔、竹葉軒の主(長虹)が、芭蕉翁を招いてその日に出来上がったものであって、その場にいた山本荷兮が筆で記したままに残されたものである。どこかの集に書かれているものでもない。そうであるから加藤暁台がこれを惜しみ、これを非常に貴重であるとして、俳句の連中が相談して四巻の歌仙を連ね、再び「尾張五歌仙」を継承しようとした。稿本が出来上がって閲覧したが、誰かは素晴らしいものの後に劣るものが続いたというだろうか。芭蕉翁の魂が、もし戻ってきたとしても、快く出迎えてほめていただけるだろう。今は役に立つ人物はないと言ってはならない、実にこの地の面目をほどこすとも言えることである。清書するにあたって、私に序を添えて欲しいと言われた。ああこれまた蕉門の立派な事業である、どうして断ることが出来ようか。年は明和5年位の木星の方に宿る比もお互いに合う冬の日の、つたない文章ではあっても、少しでも行なったということで責任を果たしたということだ。

【注釈】

[1]蕉翁:しょうおう=俳人、松尾芭蕉を敬っていう語。
[2]七部集:しちぶしゅう=蕉門の代表的撰集である所謂「俳諧七部集」(「冬の日」「春の日」「曠野」「ひさご」「猿蓑」「炭俵」「続猿蓑」)のこと。
[3]冬の日:ふゆのひ=江戸前期の連句集。1冊。山本荷兮編。貞享2年(1685)刊。芭蕉の指導のもとに尾張の蕉門が催した歌仙5巻と追加6句からなる。俳諧七部集の一つ。
[4]暮雨巷:ぼうこう=江戸中期の名古屋の俳人加藤暁台のこと。
[5]騏六:きろく=江戸時代中期~後期の俳人笹屋騏六のこと。元文元年6月4日生まれ。尾張の酒造家。加藤暁台の門下。
[6]歌仙:かせん=連歌、連句の形式の一つ。二枚の懐紙を用い、初表六句、初裏一二句、名残表一二句、名残裏六句と、以上三六句続ける。
[7]往昔:おうじゃく=むかし。いにしえ。おうせき。
[8]竹葉軒:ちくようけん=現在の名古屋市北区西杉町にあった解脱寺という寺の僧侶長虹が寺内に作った草庵のこと。
[9]荷兮:かけい=江戸前・中期の名古屋の俳人・医師山本荷兮のこと。芭蕉門下で、俳諧七部集のうち「冬の日」「春の日」「曠野あらの」を編んだが、のち蕉風を離れ、晩年は連歌に転じた。
[10]暁台子:きょうたいし=江戸中期の名古屋の俳人加藤暁台のこと。
[11]社中:しゃちゅう=詩歌、邦楽などの同門。連中。
[12]稿:したがき=詩文の下書き。稿本。
[13]狗の尾をもつて貂を続ぎたり:えぬのおをもっててんをつぎたり=中国・晋書の「趙王倫」に載る故事で、善美なものに粗悪なものが続くたとえ。または、素晴らしい者の後に劣る者が続くこと。
[14]青眼:せいがん=快く出迎えること。
[15]浄写:じょうしゃ=きれいに書き抄す。清書。浄書。
[16]嗟乎:ああ=なげいて発する声。
[17]盛事:せいじ=盛大な事業。立派な事業。めでたい事がら。慶事。
[18]噤まん:つぐまん=口を閉じる。
[19]明和:めいわ=日本の元号。江戸時代の1764年~1772年まで。
[20]短き筆:みじかきふで=文章や文字のへたなこと。また、つたない文章や筆跡。拙筆。
[21]さしぬらして=墨汁に筆をひたしてぬらす。
[22]聊:いささか=ほんのすこし。わずか。
[23]責をふさぐ:せきをふさぐ=一応、行なったということで責任を果たす。

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